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広海・深海は貧乏でトタン家に?壮絶な過去とは?内容を紹介!

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こんばんはJINです!今、テレビで活躍中のオネエ双子タレントの広海・深海ですが、TV番組「ナイナイアンサー」で壮絶な過去を語ってくれました。あまりにもすごい内容にネット上でも感動したと話題になっています。ちょっと調べてみました。

 

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まずは広海・深海のプロフィールから見ていきましょう!

 

広海・深海プロフィール

 

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名前:広海・深海

出身:三重県志摩市

年齢:24歳

生年月日:1989年11月29日

所属:松下芸能

 

 

 

壮絶な幼少時代

 

広海・深海の二人は三重県に生まれましたが、
0歳の時に父親が蒸発、続いて母親も
追うように行方をくらましました。

 

二人は当時50歳を超える
祖父母に育てられましたが、
家計は貧しく、トタンの家に暮らしていました。

 

雨漏りはし、隙間風は入り、
しかも電気も止められるほどの
貧しさでした。

 

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寒い冬はセーターを重ね着したり、
ろうそくで灯りをしのいだりと
平成の時代には驚くような内容でした。

 

更にお風呂も、
ガス代が払えないことからお湯が沸かせず、
真冬でも水を浴びていたそうです。

 

それでも、祖父母は一生懸命に
二人を育ててくれ、
一心に愛情を注いでくれました。

 

「笑われる前に笑ったれ!」

 

それがおばあちゃんが
二人にいつも言っていた言葉でした。

 

困窮した生活を心配した
親族が二人を施設へ入れるように
言っても、おばあちゃんは
きちんと二人を育ててくれました。

 

運動会などのお弁当は
近所の知り合いの店で
売れなくなったものをもらい、
それで作ってくれていたそうです。

 

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また、家庭訪問での話。
なぜか、おばあちゃんは
家でではなく、家の前の砂浜での
「青空訪問」をしてもらっていました。

 

それにはきちんとした理由が。
給食費などがなかなか払えなかった
おばあちゃんは海女をしていて、
砂浜のそばで働いていました。

 

おばあちゃんは青空訪問の際、
さっきもらったばかりの
アルバイト代をそのまま、
先生に渡していたそうです。

 

すごく感動的ですね。
やっと稼いだお金をすぐ
そのまま渡すというのは
本当に辛かったと思います。

 

それほど、おばあちゃんは
二人を愛していたんですね。

 

おばあちゃんの急死

 

中学を卒業後大阪で
生活費を稼ぐようにあった二人。

 

おばあちゃんは毎日のように
二人の安否を気遣って
電話をかけてきてくれたそうです。

 

祖母との電話を
欠かすことのなかった二人ですが
東京でタレントとして成功し、
徐々に忙しくなっていった二人。

 

だんだん、祖母からの
毎日のようにかかってくる着信を
無視することもあったそうです。

 

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祖母との連絡をないがしろにしていた二人。
そんなある日、一本の連絡が。

 

おばあちゃんが入院するとのことでした。
病名はガンだったそうです。
余命は半年という残酷な現実でした。

 

しかし、そのわずか二日後。
おばあちゃんは亡くなってしまいました。

 

あまりの突然の死に
二人は看取ることができませんでした。

 

広海・深海のふたりは
そのことをこう振り返っていました。

 

「もしかしたら
余命はもっと短かったのかも。
孫の二人には言わないでって
ばあちゃんが言ってたのかも。」

 

本当に切ない話ですね。
貧しい中、それでも明るく振舞って、
必死に二人を育てたおばあちゃん。
本当に立派な方だったんですね。

 

今でも二人は
「ありがとう」と「ごめんなさい」を
ずっとおばあちゃんに言っているそうです。

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最後まで読んで頂き、有難うございます。


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