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ビルロビンソン(人間風車)の死因と引退後について!詳細を紹介!

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こんにちはJINです!さっき悲しいニュースが入ってきました。元プロレスラーのビルロビンソンさんがお亡くなりになったそうです。アントニオ猪木さんとも戦った伝説のレスラーですが、死因は何だったんでしょう?引退後の生活など含めて、詳細を調べてみました!

 

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まずはビルロビンソンさんのプロフィールがこちら!

 

ビルロビンソン プロフィール

 

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名前:ビル・ロビンソン

出身:イギリス・マンチェスター

享年:75歳

身長:185cm~188cm

体重:113kg ~118kg

 

死因は何?

 

ウィガンのビリー・ライレー・ジムで
キャッチ・レスリングを習得し、
欧州マットを経て日本やアメリカで
活躍したビルロビンソンさん。

 

ダブルアーム・スープレックス
日本で初めて公開したことから
人間風車」という異名をお持ちでした。

 

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かつてはアントニオ猪木さんとも
試合を行っており、
当時のプロレス界を大きく盛り上げた
功労者と言えるでしょう。

 

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その後、1985年に腰や膝など
身体の故障に加え、WWFの全米侵攻で
アメリカ・マット界のテリトリー制が
崩壊しつつあったこともあり、
現役を引退されました。

 

引退時の年齢はなんと47歳
相当身体に負担が
かかっていたんでしょうね。
逆にそこまで現役でいられたのが
スゴイです!

 

そんなビルロビンソンさんの
今回の死因ですが、
まだ詳細は明らかにされていません。

 

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特に病気だったという
情報もなかったことから
ネット上では既にいろんな憶測が
出回っており、老衰、事故、
突然死などが疑われています。

 

プロレスラーって若い時に
かなり身体を酷使しますから
晩年になっていろんなところに
ガタが来るらしいですね。

 

死因は分かり次第、
追記していきたいと思います。

 

引退後の生活

 

47歳で引退したビルロビンソンさんは
その後、ラスベガスでホテルのガードマン
されていました。

ただ、引退後もちょくちょく
エキシビジョンマッチなどで
リングには立っていたようです。

 

 

その後はUWFインターナショナルの
トレーナーとなり、選手達のコーチを担当。
日本にもタイトルマッチのウィットネスとして
度々来日することもあったそうです。

 

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UWFインターナショナル解散後は
再びレスリングとは違う職に就いてたそうですが、
同団体の取締役だった宮戸優光さんから誘われ、
1999年からUWFスネークピットジャパンの
ヘッドコーチに就任されました。

 

そこから2008年までの約9年間、
東京の高円寺に住んで
後進の指導・育成に携わってたそうです。

 

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アメリカに戻ってからは
アーカンソー州リトルロックに移り住み
隠居生活されていたようです。

 

プロレスラーの誰もが
引退後もこうしてプロレスに
関われるわけではないので
相当な力があったんですね。

 

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プロ野球でもサッカーでも
引退後は大半が
まったく関係ない仕事に就いてて、
解説者や指導者になれるのなんて
ほんの一握りです。

 

そういう意味でも
ビルロビンソンさんは
本当に偉大な方だったんですね。

 

父もプロレスラー

 

そんなビルロビンソンさんですが、
実はお父さんも
プロレスラーだったようです。

 

お父さんの本名は
ウィリアム・ジェームズ・ロビンソンさん。
リングネームは
ハリー・ロビンソン」と
おっしゃったそうです。

 

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もともと、ビルロビンソンさんも
お父さんの姿を見て
プロレスラーを志したそうで、
親子そろってプロレスラーとは
スゴイですね!

 

息子がこれだけ有名になって
お父さんもさぞかし
嬉しかったでしょうね!

 

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偉大な方がまた一人
去ってしまったのは本当に寂しいですが、
私達の記憶にこれからも残るでしょう。
ご冥福をお祈りします。

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最後まで読んで頂き、有難うございます。


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