スポンサードリンク

岡田真澄の息子の職業や偽装家族の父との確執とは?真相を暴露!

imagesCA3X1MLA

 

こんばんはJINです!5月23日放送の「爆報!THEフライデー」ですでに死去された岡田真澄さんの特集がありました。息子さんの真善さんが語るのは、偽装家族や軽蔑など、オドロキの内容でした。お父さんとの確執となるその内容や、息子さんの職業など、内容をまとめました!

 

Sponsored Link


 

岡田真澄の息子は何者?

 

日本人のお父さんと
デンマーク人のお母さんの間に
ハーフとして産まれた岡田真澄さん。

 

無題3

 

2006年5月29日に
食道ガンの為70歳で
亡くなりました。

 

筆者が印象的だったのは
安達祐実さん主演の
「家なき子」で娘を亡くした
豪邸の家主を演じた役でした。

 

その葬儀の際、
喪主だった長男は
驚きの言葉を口にします。

 

「僕は騙されていたのでは?
1対1としては、人として
軽蔑すらしていました。」

 

これは驚く内容ですね。
葬儀の場でこれだけのことを言うのは
相当な思いがあったのだと思います。

 

imagesCA3X1MLA

 

なぜ、そこまで
お父さんを悪く思ってたのかは
後半で述べていきます。

 

まず先にこの息子さんは
何者なのかを調べました!

 

まず名前は「岡田真善」といい
読み方は「おかだしんぜん」さんと
おっしゃるそうです!

 

imagesCA09A5NE13

 

実は真善さんも
お父さんと同じ
俳優をされています。

 

現在39歳で
クォーターであり、
顔だちも若かりし頃の
お父さんにそっくりです。

 

無題2

若い頃の岡田真澄さん

 

主に舞台やラジオを中心に
活動されているようです!

 

imagesCA5L9BRP

 

偽装家族

 

さて、前述した
お父さんと真善さんとの確執。
それはかなり過激なものでした。

 

岡田真澄さんと行ったら
ベストファザー章やジーニスト賞を
受賞されたりと、その顔だちもあって
非常にセレブな印象ですよね。

 

無題7

 

しかし、実際は
極貧生活だったそうで
テレビでのイメージは
全てウソだったそうです。

 

当時、マスコミでは
家族でリッチな食事をしたり、
高級車を乗り回す姿が
報道されていました。

 

しかし、全ては
「岡田真澄」のイメージを
守る為の偽装だったそうです。

 

imagesCANJKFAR

 

実際の普段の食事は
ごはんに味噌汁、
そしておしんこと非常に
粗末なもので、
成長期の子供には
とても足りないものでした。

 

パーティなどで
乗り付ける高級車も
すべてレンタルで
実際の愛車は中古の
軽自動車でした。

 

軽自動車で会場の
50m手前まで乗り、
近くの駐車場に停めて、
レンタルし高級車に
乗り換えていたそうです。

 

imagesCAGZ7RLB

 

その生活は極貧で
真善さんは当時、
小学校で使うのりが買えず、
ご飯粒をつぶして
のりがわりにしていたそうです。

 

imagesCA0MNMI8

 

最低な父親ですね。
芸能界はイメージが
大切とはいえ、
家庭を大切にはできない
方だったんですね。
かなりがっかりしました。

 

「理想のお父さん」と
言われていただけに
本当に残念です。

 

人前で家族写真を撮るときは
ブランドものを身にまとい、
それもレンタルだったそうです。

 

imagesCACJV8XC

 

そしてその後、
ある出来事がきっかけで
真善さんは父親に
見切りをつけます。

 

父との確執

 

岡田さんはその後、
離婚をされており、
その1年後には
再婚までされています。

 

離婚が決定してから
岡田さん自身が
家を出ていくという形になりました。

 

無題5

 

これまで、偽装家族を
演じ続けてきただけに
離婚という裏切りに
真善さんは怒りが
こみ上げたそうです。

 

また、当時の家計を
支えるために真善さんは
アルバイトを掛け持ちし、
弟さんの学費なども
払っていたそうです。

 

無題8

 

そして再婚の際の
会見で父からの言葉に
真善さんは愕然とします。

 

「長男もOO(再婚相手)に
会いに来たんです。
”僕がずっと慕ってたお父さんを
あなたに任せますから
よろしくお願いします”って。」

 

無題6

 

そういって、岡田真澄さんは
円満離婚、そして息子も
再婚を祝福してくれてると
演じたのです。

 

最低ですね。
どうしてここまで
自分のイメージを第一に
優先してしまうんでしょうか。

 

この出来事を
真善さんはこう振り返ってます。

 

imagesCAT6AEAS

 

 

「あの父の発言には
もうひとつ思惑があって。

 

それは離婚の際、
父が出ていったのではなく
母が岡田家から出ていったと
いう風に見せたんです。
そうやって岡田真澄のイメージを
守ったんです。」

 

この出来事から
真善さんの中でまさに
「父親」という存在が
きれいに砕け散ったでしょうね。

 

imagesCASZM7GW

 

「人として最低な人です」

 

真善さんは
インタビューで
そこまで言っていました。

 

でも、本当に
辛かったと思います。

 

息子として父を愛せないという
葛藤も当然あったでしょうし、
そう思う自分は最低では?とも
思ったんじゃないでしょうか。

 

無題12

 

しかし、その気持ちが
あることがきっかけで
大きく変わります。

 

亡くなる直前。
病院に見舞いに行った
真善さんは病室で
ひどく苦しむ父の姿を見ます。

 

しかし、看護婦の方と話していると
みんな口をそろえてこう言います。

 

無題9

 

「岡田真澄さん素敵ですよね!
ご病気なのに、毅然とされていて!」

 

えっ?と真善さんは
思ったそうです。
すると、向う側から
こっちげ歩いてくる父の姿が!

 

それは、さっきまで
病室で苦しんでいた姿とは違い、
まさにそこが舞台の上であるかのように
病気の痛みなど微塵も感じさせない
颯爽とした歩き方をする
父の姿だったそうです。

 

無題3

 

真善さんはその時
思ったそうです。

 

「あ~そうか。
父にとっては
ここでさえも舞台の上なのか。

 

この人は命をかけて
「岡田真澄」を守ってきたのか」

 

 

無題0

 

この出来事がきっかけで
真善さんは父への感じ方が変わり、
尊敬にも似た想いが
込みあげたそうです。

 

確かにそう考えると
岡田真澄さんのプロ意識というのは
すごいものがありますね。

 

正直、それでも
家庭を大切にできなかったのは
父親として、残念に思いますが
男として、俳優としては
まさに尊敬に値しますね。

 

imagesCAOKOQZR

 

そして、そう思えた真善さんも
また素敵だと思いました。

 

亡くなる直前で
そう思えた真善さん、
本当に良かったと思います。

 

無題13

 

ぜひ、俳優として
成功してほしいなと思います!

Sponsored Link


最後まで読んで頂き、有難うございます。


この記事が面白いと思った方はイイネやツィートお願いします!
このエントリーをはてなブックマークに追加

   こちらの記事もよく読まれています

コメントを残す