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旭道山の母との確執について!不仲になった理由とは?内容を暴露!

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こんばんはJINです!日中も涼しくなってきて過ごしやすいですね!さて、9月2日放送の「ナイナイアンサー」で元力士でタレントや実業家の旭道山さんの特集がありますが、お母さんとの確執が取り上げられるようです。予告でもかなり邪見にお母さんを扱う旭道山さんの姿がありましたが、何があったんでしょうか?絶縁状態にあるその理由を調べてみました!

 

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まずは旭道山さんの
プロフィールから見ていきましょう!

 

旭道山プロフィール

 

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名前:旭道山和泰(きょくどうざんかずやす)

本名:波田和泰(はたかずやす)

出身:50歳

生年月日:1964年10月14日

職業:元力士・タレント・実業家

 

 

 

経歴

 

1964年に鹿児島県で
長男として生まれ、
後に力士となった旭道山さん。

 

現代の若い方は
知らない方が多いかと思いますが、
90年代に活躍された力士で
その甘い顔だちから
女性ファンが多かったようです。

 

入幕当初は体重が100kgにも
満たない軽量力士でしたが、
その反面、持って生まれた
運動神経の良さで
カバーしていました。

 

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立ち合いに頭で当たってから
相手に食い付く正攻法の取り口で、
右を差してから廻しを取るという
粘り強さが持ち味でした。

 

さらに投げや捻りもあることから
当時は「南海のハブ」という
愛称で親しまれていました。

 

その腕前は見事で
新入幕となった1989年の
1月場所では、9勝を挙げて
初の三賞となる敢闘賞
受賞!

 

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その後、現役時代の1996年に
廃業届を日本相撲協会に
提出した上で、新進党から
衆議院選挙に立候補。

 

比例近畿ブロック10位で
当選を果たし、議員として
その後活躍されました。

 

そして2000年の
衆議院解散に伴って、
ご自身も世界を勇退され
在任中に手がけた重要法案には
介護保険法などがありました。

 

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現在は2000年秋に設立した
有限会社「旭ドリーム」で
健康食品の販売を行っていたり、
2009年には東京・銀座に
焼肉店「焼肉kyoku」を
開店しています。

 

相撲界を引退後は
ちょくちょくテレビにも
出ていたのを覚えています。

 

本当に甘い顔だちで
ぽちゃ好きには
たまらないキャラでしたね。

 

母との確執

 

そんな旭道山さんですが、
どうやら、お母さんとの
大きな確執があるようです。

 

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絶縁状態とまで
言われてるその背景には
一体どんなことがあったんでしょう?

 

ナイナイアンサーの予告では
お母さんと邪見荷扱い、
突き放す姿があります。

 

「あなたはあなたの人生を、
俺は俺の人生を歩くから」

 

まさに絶縁を宣言するような
そんな言葉まで飛び交ってました。

 

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旭道山さんが幼少時代、
お母さんはスナックを
経営されていたようですが、
それが不仲になった
理由なんでしょうか?

 

また幼少時代は
極貧生活だったそうで
更には腹違いの
弟さんなどもいて、
その辺が複雑に
絡み合っての不仲に
なったようです。

 

壮絶な過去と母との絶縁

 

実は旭道山さんは
未熟児として生まれ、
輸血する為に
鹿児島へと移りました。

 

しかし、ある日突然に
お父さんが蒸発し、
しかも彼が9歳の時に
今度はお母さんまでもが
突然として姿を消しました!

 

閉鎖的な島の暮らしに
なじめなかったお父さんは
離婚していたようです。

 

そして、母子家庭になったことで
お母さんは旭道山さんに
こう諭します。

 

「絶対になくな。
泣いて後悔するなら
最初からするな!」

 

そしてお母さんは
スナックで働くようになり
旭道山さんは
弟と二人、寂しい夜を
過ごしていました。

 

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食事は冷凍ごはん、
手作りを作るにしても
作るのは旭道山さん本人。

 

6歳の弟さんの面倒は
全て旭道山さんが
見ていたと言います。

 

小学生ならまだまだ
親に甘えたいですよね。
本人には辛かったんでしょう。

 

しかし、そんな旭道山さんの
頑張りをよそに、
お母さんは突如として
姿を消しました。

 

捨てられたんだと
思ってしまった旭道山さん。

 

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しかし、お母さんは
1週間後に帰ってきます。
そして、その手にはなんと、
赤ん坊を抱いていました。

 

それは旭道山さんにとって、
父親違いの弟でした。
当時、交際していた
男性との間のお子さんでした。
1週間家を出ていたのは
出産の為だったのです。

 

突然の出来事に
理解できない旭道山さん。
家でもほとんど、
一緒に過ごす時間のなかった
旭道山さんは
お腹が大きくなったお母さんに
気付かなったそうです。

 

さらに妹まで生まれ、
しかし、その男性とは
お母さんは一緒に住まず、
家には家族5人でした。

 

それまで以上に
生活はますます困窮していき、
家事の一切を旭道山さんが
こなすようになります。

 

友達が遊びの誘いにきても
遊びにいけない旭道山さん。
本当につらかったそうです。

 

学校が終われば、
妹のお乳やりや
夕食の準備、洗濯、掃除。
弟や妹がみていないところで
こっそり泣くことも
多々あったそうです。

 

すると、一筋の光が!
スポーツ推薦で高校に
進学できることが分かり、
希望に胸を膨らませていました。

 

しかし、中学卒業式の3日前、
お母さんは新しい男性を
家に招き、旭道山さんに
こう打ち明けます。

 

「あなた、高校には
やっぱり行かなくていいわ!
相撲部屋に行きなさい。」

 

その一言を言われた時、
旭道山さんは愕然としました。

 

相撲が好きなわけじゃない。
しかも卒業式3日前に
突如として相撲部屋…。

 

お母さんの考えとしては
高校に進学するよりも
力士になった方が
早くお金になるとのこと。

 

これまでのことと
今回のことで
言いたいことはたくさん
あったでしょうに。

 

それでも旭道山さんは
お母さんの言葉に従い、
相撲部屋に行くことに。

 

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そして力士になり、
稼いだお金で旭道山さんは
貧乏だったお母さんに
指輪を買ってあげました。

 

本当に優しい方ですね。
どんなにつらい事があっても
お母さんのことを
第一に考えたんですね。

 

しかし、現実は
さらに悪くなっていきます。

 

ある日、一本の電話が。
それは蒸発したお父さんの
危篤を知らせるものでした。

 

旭道山さんは
お母さんのもとへ行き、
お父さんに会いに行く旨を
伝えに行きました。

 

するとお母さんは
こう言いました。

 

「ダメ…。
絶対に合わないで。」

 

結局、旭道山さんは
お父さんの死に目に会えず、
これが旭道山さんにとっての
決定的な亀裂になりました。

 

実はこの頃、
お母さんは鹿児島に
旭道山さんが建ててくれた
家があったそうです。

 

しかし、それ以外にも
お母さんの浪費グセは
止まることを知らず、
度々、金銭トラブルが
起こるようになりました。

 

それでも
一人しかいない母だから」と
懸命に支え続けてきた母。

 

その後、旭道山さんは
お店を開業し、お母さんも
そこを営んでましたが、
またまた突然として
お母さんは姿を消します。

 

旭道山さんは行方を
探してお母さんに電話。
するとお母さんは
一言、こう言いました。

 

「お母さん。
もうあんたに養ってもらうの、
やめた!」

 

この一言で、旭道山さんは
それまでにずっと
溜め込んでいたものが爆発!
お母さんとの絶縁を決意します。

 

「自分は逃げるなと
行っていたくせに
自分は逃げてるじゃないか!」

 

そんな葛藤が
ずっと彼の中にあったんですね。
むしろ、幼少期からここまで
やってきた旭道山さんは
本当に素晴らしいと思いました。

 

何故、お母さんは
ここまで自分勝手に
振舞っていたんでしょうか?

 

今回、番組で二人は
再会を果たしましたが、
旭道山さんの心は
冷たく固まってしまってました。

 

息子が初の給料で
買ってくれた指輪を
大切にしていると言っても、
旭道山さんの返事は
一言。

 

「そういうの(感動なもの)は
いらないから。」

 

旭道山さんの心は
そう簡単には
ほどけていかないのでした。

 

そして旭道山さんは
お母さんがお店を
突然出ていった理由を
聞きました。

 

それは一緒にお店を
経営していた次男から
こう言われた一言だそうです。

 

「おふくろ、明日から
もう(来なくて)いいよ」

 

自分なりに一生懸命
やっていたというお母さん。
それだけに次男の言葉は
非常にショックで、
それで誰にも言わずに
お店を去ったそうです。

 

しかし、そんなことは
旭道山さんにとっては
小さい出来事。

 

そんな理由でお店を
無責任に手放した母を
旭道山さんは
許すことができませんでした。

 

お母さんは
こう言います。

 

「写真を見るとね、
会いたい会いたいって…」

 

しかし、旭道山さんは
それすらも冷たくあしらいます。

 

「重たい!いらない。
そういうの。

 

けど、でも、たら、れば、
は言うなと教えたのは誰?

 

文句を言う前に働けと
俺に教えたのは誰?」

 

悲しくもそれは
無情な返事でした。

 

こうして、二人の関係は
修復しないまま、
再会の場は終わりました。

 

なんだか、切ないですね。
旭道山さんの気持ちもわかるし、
でも、年老いたお母さんの姿を
見ていると、完全に責められない。

 

実は番組収録の後日、
お母さんから旭道山さんに
手紙が送られました。

 

「あなたに手紙を書くのは
初めてです。

 

思い返せば、あなたには
数多くの苦労をかけました。

 

ずっと家族の為に自分を犠牲に
させてきましたね。
本当に申し訳なく思ってます、

 

改めて、あなたから
教えてもらったことが多かった
あの再会。本当にごめんなさい。

 

いつか、また家族そろって
笑いあえたらと思います。」

 

手紙の内容は集約してますが
その内容にはお母さんの
本当に申し訳なかったという
思いがつづられていました。

 

母子家庭でお母さん自身、
日々のことで精一杯で
子供をちゃんと見てあげる
余裕がなかったんですね。

 

なんだか、本当に
切なくて、やりきれない思いです。

 

きっと旭道山さんとお母さんは
親子が逆転してたんですね。

 

での旭道山さん、
本当に優しいですね!

 

あんな過酷な状況なのに
よくここまでまっすぐに
育ってくれたと思います。

 

きっと、旭道山さん、
今もずっと苦しいと思います。
お母さんを許せないことに
苦しいと思います。

 

いつかお母さんと旭道山さんが
手紙にもあったように
笑いあえる日が来るといいなと
切に思います。

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最後まで読んで頂き、有難うございます。


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