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小森和子のパーキンソン病や認知症とは?養女や顔面やけどを調査!

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こんばんはJINです!久々の更新です!ちょっと気になるものがありました。10月10日放送の「爆報フライデー!」でかつて、「小森のおばちゃま」で親しまれた映画評論家兼タレントの小森和子さんが特集されます。テレビで見なくなって10年以上。パーキンソン病、認知症、更には顔面の火傷など、結構波瀾万丈の人生だったようです。今回は晩年の小森和子さんや養女について、色々と調べてみました!

 

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まずは小森和子さんの
簡単なプロフィールがこちらです!

 

小森和子プロフィール

 

名前:小森和子(こもりかずこ)

愛称:小森のおばちゃま

出身:東京都赤坂

年齢:満95歳

没年:2005年1月8日

職業:映画評論家・タレント

 

晩年について

 

小森和子さんは
高等女学校(現在でいう高校)を
卒業されたのち、「婦人公論」という
雑誌の編集部で見習い記者として
努め始めます。

 

その後、「映画時代」という雑誌の
編集部へ移り、この頃、
作家の川口松太郎さんと
愛人生活を送って
いらっしゃったようです。

 

今でこそ、愛人なんて
結構ええって思われそうですが、
当時は一人の男性に対し、
女性が複数つくというのは
そんなに珍しいことでは
なかったようです。

 

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この頃、映画評論家として
「サヨナラサヨナラサヨナラ」で
有名な淀川長治さんが
当時編集長をされており、
そこから小森さん自身、

映画評論家としての才能を
彼に見いだされて、
評論家としての活動を
始めるようになりました。

 

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淀川長治さん

 

映画の評論をされる際、
「おばちゃまはね…」という
セリフから始まることから
小森のおばちゃま」として
親しまれるようになりました。

 

そして、1980年代に
片岡鶴太郎さんが小森さんの
ものまねをしたことから
一気にその知名度も上がり、
小森さん自身もバラエティなどに
登場するようにあり
タレントとしても
活躍されてました。

 

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むしろ、筆者は
タレントしての小森さんという
イメージが強かったので
映画評論家というのは
正直知りませんでしたw

 

玉ねぎ型の髪型や
その喋り方などが
独特なことから
印象に残るキャラクターで
多くの方に親しまれてました。

 

しかし、晩年は
1995年に顔にやけどを
負ったことから
メディアにはでなくなり、
また多くの病気もされて、
結構大変だったようです。

 

そして、自宅療養を
取っていた2005年の1月に
自宅で呼吸不全により、
お亡くなりになりました。

 

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また小森さんには
養女となる方がいたようで
小森さんが亡くなった後の
遺産は彼女に継がれたそうです。

 

その額は4億という
かなりの高額と言われてますが、
なんと、それらを全て、
養女が使い切ったとかww

 

ファンにとっては
辛い内容ばかりで
ショックを受けた方も
多かったと思います。

 

パーキンソン病と認知症

 

晩年、小森さんは
多く病気を患ってました。

 

主に3つ。
パーキンソン病、
認知症、うつ病と
患っていたようです。

 

パーキンソン病は
近年ようやくその認知も
広まりつつあるようで
有名なのはハリウッド俳優の
マイケルJフォックスさんなど。

 

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マイケルJフォックスさん

 

筋肉は縮小する
病気で多くの場合、
身動きが取れなくなり、
寝たきり状態になります。

 

小森さんの場合も
同じように寝たきり状態になり、
養女の方とヘルパーさんが
看病に当たっていたそうです。

 

寝たきりになるので
床ずれを防ぐために
2時間起きを体勢を変えさせ、
食事、トイレなど全てを
面倒みていたようですね。

 

またこの頃同時に
認知症とうつ病も
併発されていたようで
意識もあまり
はっきりされてなかったよう。

 

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先に述べた淀川長治さんが
1998年にお亡くなりに
なった時の告別式に、
養女は小森さんを
出席させたそうです。

 

この時、すでに小森さんは
意識がはっきりしておらず、
車いすに乗せられて、
養女がそれを押しながら
参列されたそうですが、
結構周囲にはバレバレで
さらし者にしてるとの取れる
養女のこの行動に
周囲から批判もあったよう。

 

親交があった
片岡鶴太郎さんも
当時の彼女が全くの
ベールに包まれてたので
触れられなかったそうです。

 

難しいところですね。
恩師だろうからという
養女の思いやりも
あったかもですが、
表舞台から自ら身を引いた
小森さん自身としては
周囲に見られたくなかった
という想いもあったかもですね。

 

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しかし、それにしても
パーキンソン病に認知症、
そしてうつ病と、
本当にお辛かったと思います。

 

また世間の噂がどうであれ、
やはり看病する養女の方も
やはり精神的にも
肉体的にも大変だったでしょうね。

 

個人的には
本当に自由奔放で
カドのない感じが
すごく好きな方でした。

 

養女の噂の真相

 

さて、先にも少し
述べましたが
小森さんには養女がおり、
小森さんの資産4億円を
全て使い切ったと
過去に報道がありました。

 

今回、番組では
その養女本人が
資産の真実を明かし、
4億円を使い切ったのは
事実だと話しました。

 

この養女の関する噂は
当時他にも数々明かされ、
小森さんの所有マンションを
第三者に売りとばしたなど
実に様々でした。

 

今回、養女本人が
明かした内容によると
養女の名前は
小森晴子さんといい、
68歳の独身の方です。

 

友人3人で家をシェアしており
家の中には小森さんの
遺影が飾られていました。

 

では、使い切ったという
資産4億円。
その使い道は
なんだったんでしょう?

 

実は晴子さん自身、
肺気腫を患っており、
余命宣告を受けており、
これを機に全てを
明かしたいということでした。

 

晴子さんが小森さんと
出会ったのは小森さんが
経営していたサロンで
従業員として雇われた時でした。

 

お互いに独り身だった為、
小森さんは晴子さんを
娘のように可愛がり、
晴子さんも母親のように
小森さんを慕うようになりました。

 

するとある日、
小森さんは晴子さんに
遺言状を渡します。

 

その内容は自分の全てを
晴子さんに譲渡し、
彼女の好きなように
使用していいと書かれてました。

 

当時、まだ他人だった
晴子さんは養女になる話を
一度断ったそうです。

 

しかし、晴子さんは
この後、後述しますが、
1995年に小森さんが
顔にやけどを負ったことで
看病をすることになり、
手続きなどに他人では
うまくできないことなどがあり
養女になることを決意します。

 

そして、世間からの
小森和子のイメージを
崩さない為に晴子さんは
在宅介護に切り替えます。

 

そして、ここから
4億円を使い始めることに。

 

まず小森さんの皮膚移植や
その治療費などで
半月で300万も
かかかっていました。

 

それで半年入院してたので
合計1800円かかりました。

 

また在宅介護の為に
自宅をバリアフリーにする
リフォームなどで
2000万円。

 

そして、晴子さん自身も
介護士の資格が必要と考え、
1997年から勉強を始めました。

 

また小森さんが愛していた
サロンを守る為に
お店で働き、
自宅では小森さんの介護。

 

やがて、両立が難しくなり、
晴子さんは24時間
ヘルパーさんを雇います。
しかし、当時は介護士不足で
人件費は1日で
4万も掛かりました。

 

すると、春子さんは
知人から介護事業の
立ち上げの話を受けます。

 

小森さんの介護にもつながるし
同じ苦しみの人を救えると
春子さんは考え、
会社名「小さな森」(=小森)を
立ち上げました。

 

しかし、これが大失敗。
経営は知人に
任せてたそうですが、
どんどん売上は傾いていき、
結局は莫大な借金が残りました。

 

そして、突如として
春子さんは事業を解任され、
結果、お金を出しただけで
当時、小森さんが所有してた
マンション3つ(=2億円)を
借金の返済に売ることに。

 

そして、このことが、
マスコミに報道され、
「自由勝手にお金を使ってる」
と噂されるようになりました。

 

ついに2000年には
サロンを手放すことにもなり、
小森さんの介護を
一人で続けるようになりました。

 

そして、そんな介護生活が
4年も続き、資産が
底をついたころの
2005年に小森さんは
お亡くなりになりました。

 

なんだか、こうして
真実を聞くと
何とも言えない
気持ちになりますね。

 

あれだけひょうきんで
明るかった小森さんの
最後がこうだったというのは
本当に心が痛みます。

 

春子さん自身、
当時のマスコミからの
バッシングにも耐えながら、
本当につらかったと思います。

 

ここまで違う真実というのも
あまりそうはないので
正直、驚きました。
春子さん、お疲れ様でした。

 

顔面やけどとは?

 

最後に、気になったのは
小森さんの「顔のやけど」
という内容。

 

調べてみたところ、
2000年頃に自宅で
顔や腕に大やけどを
負ったようです。

 

この頃、すでに
年齢的にも体力が
衰えていた頃で
この出来事をきっかけに
表舞台からは
身を引くようになりました。

 

1995年に小森さんが
自宅にいた時、
すでに80歳を超えていた
小森さんは部屋で転倒しました。

 

この時、付けていた
ファンヒーターの前に倒れ、
実に4時間もの間、
顔に熱風を浴び続けたのです。

 

すぐに病院に運ばれ、
皮膚移植を行い、
何とか一命は取り留めたものの、
小森さんはこれをきっかけに
テレビに出なくなりました。

 

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女性にとって
まさに命となる顔に
大やけどを負うというのは
本当につらいことですね。

 

4時間も熱風を浴びるって
ゾっとしてしまいます。
動けないし、本当に
辛かったでしょうね。

 

しかし、皮膚移植の後を
見ると、ごく自然だったので
それをみて 少し救われました。

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最後まで読んで頂き、有難うございます。


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